バックナンバー〜オンラインコラム

その1


社会住宅の供給戦略

koto.gif ヨーロッパの社会住宅が充実した要因の大きな部分に、その建物の工法がある。ヨーロッパで社会住宅が建設されていた頃、日本の住宅は木造だった。ヨーロッパ諸国では少ない地震の水平力を恒久性の高い煉瓦造の壁に吸収させることで、住宅そのものの長期活用を可能にした。建物が人の生涯よりも長く利用できることを知り、所有する住宅ではなく使用するための住宅として利用できるようになったのは、決して社会運動や啓蒙からではなく、まさに建築の工法によるものであった。さらに言えば、その資産があったからこそ居住の福祉が社会思想として定着し、市民権を得たといっても過言ではないだろう。

 日本の木造建築も50年や100年も使用できるのだと、その良さを主張する人も多い。しかしそれは寺院建築や太い柱や梁を持つ一部の特殊な建物や裕福な階層の住宅であって、庶民の住宅は10センチの柱を標準とした安普請であり、湿度の高い日本の気候では長期使用は困難である。50年利用できる木造建物の柱は最低でも15センチ角欲しい。ところが、日本の住宅政策は戦後のバラックの急増を抑制することを含め、品質の確保された住宅の普及をはかるため住宅金融公庫を発足させ、その仕様書で指導した柱の太さは最低は9センチ。そしていつのまにか柱の太さの標準が9センチになってしまった。この建物が50年100年持つはずがないし、ましてや100年持つ木造でもヨーロッパの200年や300年には太刀打ちできないのである。

 戦災復興という近代化の波が一挙に押し寄せてきたときに日本がとった住宅政策は持ち家政策であった。個人が容易に住まいを取得できるようにするには、コストのかかるコンクリートによる集合住宅ではなく、戸建て住宅指向を正当なものとして都市を二階建ての木造住宅で埋め尽くした。結果として大都市が木造の二階建てで広がると都市は限りなく拡大し、人口密度の低い市街地がますます拡大することになった。当然寿命の短い木造建物はスクラップアンドビルトを繰り返し、余計なエネルギーを消費して都市は更新されてきた。それもバラバラな景観をつくりながら・・・。

 鉄筋コンクリートの寿命が一般的に100年とされており、同様に煉瓦造も長期利用が可能である。しかし、地震国日本ではヨーロッパ諸国の真似は不可能である。そこで考えられるのは20年や30年で建て替えられる木造住宅を100年の鉄筋コンクリート住宅に再生させることである。一世代のみの住宅から三世代が使える社会資本としての住宅、建物の寿命の長期化を推進することである。

 ヨーロッパの都市は中層高密度に土地利用が進んできた。その結果として、都市がむやみに拡大することを防ぐことができたが、実はすでに限界に達していて、今、ヨーロッパ各都市に再開発の波が押し寄せている。パリを初めとして、ミュンヘンでもベルリンでもウイーンでもローマでも再開発の推進に始まって、住宅地の再整備が多くの地域で始まっており、居住とまちづくりが密接に結びついた駅前の再開発など、比較的高密度に市街化したヨーロッパ各都市でも再開発の必要性は今や常識になっている。

 都市を人のものに戻すことを念頭に置いて日本の都市を再生することが出来れば、人間はより安定した居住と生活を享受することができる。社会保障が信じられないからこそ企業も個人も必要以上の貯蓄を強いられる。そろそろ蓄えた貯蓄を社会資本に変えていく段階にきていると思う。民間住宅の社会住宅化も試みられ始めた昨今、長期活用できる社会住宅の確保を推進したい。

(秋元孝夫)


もくじに戻る

< 前に戻る             次へ進む >