バックナンバー〜気まま考コラム


1998年8月〜1999年5月までの気まま考


 1999年5月18日

「マンションのスラム化は防げない」

 現状よりも高容積率を前提として、建築床や土地の一部を売ることで採算をとる、マンションの建て替えには限界がある。

 まもなく日本は世帯数も減少する時代に入る。今後、100年を考えると人口も半分に減り、核家族化が続いて、さらに核分裂が始まっても、世帯数は減り続け、圧倒的に単身世帯や二人世帯の多い家族形態が一般的になる。

 また都市では、人が集まるマンションニーズのある場所では、都市計画は必然的に容積率を高くし、地価も上昇することから、建て替えは成立するが郊外の一般的なマンションのように特徴のない場所でのマンションの再生は困難になる。とりわけ世帯数が減少し、小規模世帯が増加する環境の中では、人はより利便地区へ集中し、郊外のマンションは疎んじられることになる。

 一方、郊外に大規模に展開した戸建て住宅団地も同様のスラム化を防げない。此処では、子供達は都心に集中し高齢者世帯が残され、町に活力が無くなっていく。住宅しかない活力のない町には若者は戻らず、職住近接で生活の便利な地区での居住を求める。

 住宅の価格は、世帯が少なくなった分、持ち家の余剰から中古住宅が入手しやすくなり。改造して住むことが普通になり、マンション改造も普及してくると、必ずしも新築がベストとも言えない時代がやってくる。とりわけ賃貸住宅は住宅ニーズの低迷にさらに家賃を下げ、現状のストックを回転するのに躍起となり、結局、安く気軽に住める賃貸住宅か個性的な賃貸住宅でしかなりたたない状況になる。

 都市への求心的な集中が鈍化した今、少子化が今後も進む中では、子世代の殆どが持ち家になり、必ずしも「持ち家」自体が価値のあるイメージとしては伝わらなくなる。いやすでに「持ち家」の言葉は魅力の中から消え始めているのかもしれない。

 結局、マンションはすでに耐久消費財と化しており、それを活用して建て替えようと言うおいしい話は無くなることを念頭にしなければならない。現状でも多くの場所で建て替えの話が進んでいる。とりわけ敷地がまとまっている公的な団地での建て替え計画が目白押しである。容積率を倍増して自己資金なしで建て替えが可能な道を目指しているが、成立するとしても今の内、それも郊外の団地ではすでに売れ残りが続いていることを念頭に置くと、無理に建て替えを進めるのはいかがなものか。

 建て替えて、戸数が倍増させても、世帯数が増加しなければすべて空き家になる。これは単純に起こる話なので、注意を喚起されたい。産業構造の都市集中で若者が集まり、一挙に住宅ニーズが高まった戦後の時代ではなくなっているし、そのピークを支えた団塊世代はすでに50歳代に入り、持ち家購入層からは離脱した。そして段階ジュニアが持ち家階層として戻ってくるのは今後10年以降になり、その時の住宅ニーズはこれまでのような団地指向ではなく、より個性的で多様化し、都会志向や田舎志向など、進歩した通信網を駆使した生活が前提となり、持ち家よりも賃貸を気軽に利用する世帯が多数を占める時代になる。

 これからは持ち家指向ではなく、賃貸指向になることを念頭に、マンションのスラム化を考える必要がありそうで、建て替えよりも維持管理とコミュニティ形成に気を配り、高齢者も若者も住みやすい環境づくりに気を配る団地づくりを目指すことが最重要課題であるように思う。

(takao@akimoto.com)

 

 1999年5月10日

「高齢者向け優良賃貸住宅」

 東京都の5月1日の公報に「高齢者向け優良賃貸住宅」の事業者募集案内が漸くでた。

 昨年度から制度化された高齢者向け住宅の新たな国の制度で、民間賃貸住宅を公共が借り上げて住宅に困窮している高齢者に提供しようとするもので、従来の借家世帯を対象とした公営住宅と異なり、持ち家層や資産を持つ高齢者にも入居可能な制度であることが新しい。

 高齢者の居住実態は、持ち家だとしても必ずしも居住の安定があるとは限らない。大概の場合は年金生活だし、体力も弱っているし、その建物も老朽化していることが多い。そうなるとたちまち建物によるバリアーは居住性能を低下させるが、救済の余地はない。江戸川区のようにいくらでも住宅改善にお金を出してくれるのならば何とかなるが、実際には税金運営には限界があるし、単身高齢者には共生も大切になる。

 そこで、生まれたのが「高齢者向け優良賃貸住宅制度」だと理解している。

 ところが、借り上げて運営するはずの自治体は尻込みをしている。民間の賃貸住宅を20年に渡って借り上げることでの将来的な空き家リスクや、部分的な建設費補助に対して現実の財政危機を理由に取り組みを懸念する自治体が多い。一方、民間側は不動産景気の悪さを反映して、公共が借り上げ保証をすることに、多少収入は少なくなっても、安定した収支が得られるならばと、講習会には定員を超える参加者が集まっている。

 新たな制度を国が創ると、都道府県が市町村への普及の任を任され、あるいは財団などを活用して広く伝搬させようとする。こうした時に、市民ニーズに合っていない場合や社会的背景が整っていない場合などでは、制度は生まれても普及しないで消えていく。しかし、「高齢者向け優良賃貸住宅制度」は、市民ニーズを得られる制度だと思う。うがった考え方をすると、民間や市民の要望が集中しそうだからこそ、市町村が二の足を踏んでいるように思う。

 2000年からの介護保険の導入に際して在宅での介護環境整備は緊急課題で、「高齢者向け優良賃貸住宅」もそれを背景に生まれてきたようだが、新たな制度をうまく使い、1993年に法制化された「特定優良賃貸住宅」や1996年に公営住宅法改正で明確化された「借り上げ公営住宅」、そして今回の「高齢者向け優良賃貸住宅」、さらに民間独自のアパートなどを建物として、あるいはコミュニティとして複合化することで、世代を問わない新たな居住の可能性が生まれると考えられる。

 各地で公営住宅の余剰が取りざたされている現実の中で、地方自治体の住宅政策も大きな転換期を迎えている。今後は民間主導での公共事業(PFI)導入も含め、民間とタイアップした住宅政策がこれからのトレンドとなることを積極的に受け止める意欲が期待される。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年11月30日

「高齢者は金利低下に困らない」

 利息で生活しようと甘い夢を抱いていた高齢者諸兄。これまでの日本経済のおかげで、物価上昇を唯一の負債を目減りさせる特効薬として資産を構築してきた高齢者諸兄の願望はすでに消え去り、デフレの流れは不動産価格を減少させ、低金利で貯蓄の原資も生活に回さざるを得なくなり貯蓄も目減りし、日々細くなっていく預金額に心配を巡らせている毎日ではないか。とは言っても、1200兆円の金融資産の殆どを高齢者諸兄が保持している現状からすると、金利で生活しようと考えていた諸兄には、たいして困りはしないのでしょうが。

 デフレ現象で物価が安定している分、金利が良くてもインフレで金融資産の価値が下がってしまうほうが、実は被害は大きく、安定していれば金融資産の利用をより計画的に消化することが可能になる。結局、金利で暮らそうなんて考えるのは物価が上昇を続けて将来的な費用が見えないので、とにかく安心を得るために金利での生活が理想的と考えた結果の思いこみで、実態としてはものの価値や価格が安定しているのに優れるものはないのだ。

 にもかかわらず、合い言葉のように『金利が少なく高齢者には大変』などの話も聞くし、高齢社会に突入している日本では、介護保険導入やハートビル法など『高齢者をまもろう!』のスローガンで国を挙げてのキャンペーンをしている状況でもある。少子高齢化に対する対策と消費の冷え込みに対する施策として商品券を配ろうなどと企てている様子は、まるで糸の切れた凧のようで、どこまで高齢者支援が続くのか、むしろ疑問に思ってしまう。

しかし、待てよ。今の高齢者は何も負担しないで良い思いだけをしているのではないかと、誰も思わなくても僕は思う。何か不公平を感じてならない。戦後の大変な時代の日本を造ってきた人達だから大切にしなければ・・・。といわれても、今後の高齢者は遊興に走ってキリギリスでいたかというと、そうではなく、物価上昇の中でかろうじて子供を大学にやり、就職のないせがれのめんどうも見て、企業ではリストラの標的にされ、行く宛なしでホームレスになる段階世代のおじさんもやがておじいさんになるのだから。 

 国が進めている住宅制度にシルバーハウジングという高齢者の安否の確認や生活援助のある公営住宅がある。公営住宅だから所得の低い高齢者しか入れないというが、実は高齢者は殆ど所得が低いので、だいたい全員が対象になる。しかし、持ち家の人は入れず借家の人のみが対象になる。入居すると家賃は最低の家賃で生涯を過ごすことが出来るのだから、安定した生活が保証され、預貯金はいくらあってもかまわないのだから、持ち家を持つ能力があってもそれを消費に回して海外旅行に毎年いったとしても追い出されないし、あくまで所得で評価する家賃は応能家賃制度のおかげで悠々自適なのだ。持ち家を持ってたってあばら屋でどうにもならない人もいるというのに・・・。

 とにかく、高齢化の始まりだから不公平も矛盾もある程度あるのだが、公平の原則からはかけ離れていることは早速改め、救わなければならない高齢者を救えないのは問題である。悪知恵のはたらく高齢者だけを救っている公共賃貸住宅や福祉のシステムは何処かおかしいし、それを官が率先していることに矛盾を感じる。そしで現行の制度ではまだまだ不足していることを感じるし、今の制度に改善の余地がないかを考え、不足している制度を作る必要もある。だから最も施策を展開しやすい市町村が率先して進めなければならないし、市町村が進めた施策は問題があれば即座に市民は反応し、改善も進む。しかし、国の定める制度の中では、利用者の声は届きにくい。

 それが証拠に、昭和に始まったシルバーハウジング制度が未だに続いていて、持ち家高齢者への住宅施策は一向に進んでいない。

(takao@akimoto.com)

 

  1998年11月27日

「住宅公庫」

 さんざん最低金利を繰り返して、今や2%となってしまった住宅公庫金利。10年を過ぎると4%にはなるが、スタートの2%は『信じられない』低さ。100万円を1年間借りて、利息が2万円。そんな話がどこにあるのか信じられない話。経済を活性化させる手だてとして選択した最後の手段のようにも見えるが、どうもイソップ物語の『風と太陽』の話に思えるのだ。

 今の時代はデフレであり、デフレが続く以上ローンの負担感は増してくるし、さらにリストラや日本的年功序列的な雇用敢行が批判され無くなれば、それこそ住宅を長期ローンで買おうなんて人も現れなくなる。要は従来の住宅資金の借り入れもインフレにより解消した部分があり、地価の上昇による不動産価値の上昇と収入の増加により、借金も苦にならなくなった過去の経済状況はすでに望めないと言うことを理解しなければならない。もしこれが右肩あがりの経済だとすれば、右肩下がりは、物価はデフレ傾向で安くなり、住宅ローンは目減りしないで収入自体の減少する中で確実に支払わなければならないことになる。つまり、ローンは長ければ長いほど負担感が増してきて、次第に苦しくなると言うことなのだ。結局、日本経済は一向に良くならない。

 そこで何とか消費を喚起しようと政府は公庫金利を2%にしたのだが、デフレ経済の元ではローン地獄に追い込まれる事が見えており、そうは簡単に持ち家に動かないのだ。そこで、妙案だと思うのだが、ローン金利や預貯金金利はこのままで、物価を上昇させる。物価を上げるには需要に対して供給が不足する状況であるが、ショック療法が最も簡単に物価が上昇することがオイルショックの時に経験則としてわかっている。石油がなくなれば・・・というあらすじがあればトイレットペーパーもセメントも洗剤も何もかもが上昇する。その分収入を増やせば再び均衡に戻るのである。住宅価格も上昇するから今の内にと購買意欲も増加する。すでにローンを抱えている人の借金は目減りし、バブル崩壊で借財を抱えた人も安堵する。

 では『石油』のかわりに何があるのか、それは・・・・。

(takao@akimoto.com)

 

  1998年9月26日

「夏時間に思う」

残暑が続く今日この頃で、秋になる期待と夏が終わる寂しさとが入り交じる心の中で、夏時間について考えてみた。常々思っていることに夏時間が日本にないことに落胆している。いや正確に言うと戦後の一時期夏時間を導入したのだが実態にあわずに取りやめた歴史がある。折からの神武景気で残業残業の連続は余暇時間など関係ない就労地獄の中では夏時間は定着しなかっただけのこと。ちゃんと余暇の重要性を認知していれば制度化はできたはず。

ヨーロッパから帰ってくると太陽の短さに落胆することが多い。

太陽自体は地球の公転と自転により太陽角度が決定して日照時間が確定するわけだから、緯度に左右されることはあっても経度により昼夜の時間帯はかわらない。結局、日本ではヨーロッパと比較して朝の開始が遅いので結果として夜が早く来ることになる。今9月も終わりで、秋はつるべ落としというように、日の入りが日に日に早くなり、雨や曇りの日などは一日がすぐに終わってしまうような気がして気が気ではない。今の時期は空が白みかけるのが5時頃だろうか、5時半には明るくなる。とすれば就業時間を日がでるとともに起きて一日を始めることを前提にすると、せいぜい朝食と通勤時間などで二時間後には就業体制に入れる。ということは7時半には始業できることになる。7半時から始めると3時半には終わり、それ以降が自由時間となる。だいたい6時頃までは明るいので、2時間半はいわゆる明るいアフターファイブになる。

世界の先進諸国で夏時間制を取っていないのは日本だけ。なんとか早く夏時間を実施したいのだがこればかりは自由にならない。社会全体がそうなってもらわない限りうまく行かない。今、国会で夏時間委員会があり検討を始めているようだが、省エネという経済原則に視点を置いた議論のみならず、豊かに生きるための手段としての夏時間の議論もしていただきたいものである。

(takao@akimoto.com)

 

  1998年9月20日

「お墓」

 最近、富に新聞紙上の話題として、お墓に関するものが目立つ。戦後、田舎から次男三男が都会へ働きに出て、老後を迎えるようになると行き着くところはお墓らしい。特に、死後の遺骨の始末に困っての現実的な墓探しが話題の中心で、立体式墓地やコンピューター制御による管理を売り物にする遺骨ストックシステムの寺。「散骨」という聞き慣れなかった言葉を駆使して、山や海に撒く自然葬の動きや、死体を埋葬する訳ではないので自宅の庭に灰を撒いている例や、はては埋葬などせずに自宅で保管している例や電車に故意に忘れる例など、遺骨を巡る話題はつきない。

 新聞広告にも墓所のチラシが入っている。『永代使用料込みで100万円!』何となく安いようにも感じるし、『墓碑込み20万円で10年間管理!』という動物用の墓地のチラシまで舞い込む。近くの丘陵地には公的な墓園が大規模に造成されているし、既存の寺墓地でも境内にある末代の切れた墓を再分譲している動きもある。東京都でも多摩霊園に立体的な集合墓を建設したし、大都市周辺を中心に需要過多の傾向が続いている。実際、広告では100万円でも、墓石代に100万円、なんやかんやでさらに50万円などと、結局は高額な買い物になるのが墓の値段。だからこそ「散骨」が現実的な話題になるのだろう。

 そもそも論が「散骨」の後押しをしている。「土葬」にしても「火葬」にしても、日本に根付いた死者の葬り方は自然への回帰を前提にしている。「輪廻転生」が基本の流れで、仏教、神教、キリスト教などの信者にしても共通の思想に裏付けられて育まれてきた歴史がある。だから、全ての国民が死を迎えると「死亡診断書」と引き替えに「埋葬許可証」を与えられ、火葬場で消却し、遺骨を手渡されて途方に暮れることになる。身寄りがない場合は無縁仏として遺骨は火葬場で埋め立て処分されたり、無縁墓に葬られる場合もあるだろうが、現実は「ごみ」と変わらない取り扱いで処分される。

 つまり、「墓」の重要性は「遺骨」を受け取る親族などに取って必要なもので、「散骨」ではお参りができないとか、何となく墓所があると心の拠り所になるなどとして「お墓」を求める人は多い。しかし、現実は墓地は高額だし、家族形態も少子化が進み単身世帯が多くなっている。子を持たない世帯も増え、死者を葬る親族のいない場合も増えている。「遠い親戚より近くの他人」という関係が社会の通性である。葬式でしかあわない親族関係の時代には、「何々家」を単位とした「お墓」もすでに現実的ではないように思う。そろそろ「永代使用料」が必要な墓ではなく、死者個人を葬る「個人墓」が出回る時代ではないだろうか。そして、経済的に埋葬のできない人達に対しても誰もが利用できる共有の「市民墓」をなるものを公共が支援して整備し、遺骨の納める場を提供して、容易に土に返すことができる場を提供してほしいものである。

(takao@akimoto.com)

 

  1998年9月8日

「住宅公庫金利最低の2.55%」

 財政投融資の預託金利が1.9%から1.7%に引き下げられるのに伴って住宅公庫金利も2.75%から2.55%に引き下げられる。住宅着工の落ち込みを抑制したい国の思惑を期待しての施策のようだが、実際的な住宅購入ニーズに繋がるものかどうか、いささか疑問である。

 金利が0.2%下がることは元金に対して単年度で考えれば1000万円の借り入れで返済額が年間2万円の減額となる。借り入れの平均が3000万円とすると、6万円が少なくなる計算になるのだが、実際は住宅ローンは元利均等払いで返済することから利下げ効果も半減する。つまり、3000万円の場合で30年ローンとして計算すると毎月返済金額が2.75%の場合には122,472円で2.55%の場合は119,318円となり、その差3,154円の12カ月分37,848円しか減額にはならないのである。

 それにしても、毎日のような倒産企業の発生やリストラの動きを感じている現実の中で、住宅ローンの返済が12万余りが11万円台になったとしても、先行き不安の日本経済の中で30年の長期ローンを組もうなんて考える人は皆無に等しいのではないかと思う。それよりも、狭くても賃貸住宅で我慢して、もしも会社が倒産したりリストラにあったときには公営住宅やもっと安い貸家に移ろうと考えるのが普通の庶民の発想で、できるだけリスクを回避するように動くことがこんな折り、当たり前の自営手段でもある。そんな庶民に対して小手先の金利下げをしたとしても景気のテコ入れとしてのメリットはもはやなく、むしろ将来的に、財政投融資の預託金利が上昇した段階では国家財政の首を絞めることにも成りかねない。

 今、持ち家を得たいと思っている層は30歳代の子育て世帯で、子供が小学校に上がるか中学校にあがる頃の年代であろう。ファミリー世帯で子供部屋が欲しくなるライフステージを迎えている年頃で、30歳代の半ばを中心にした世帯主の世代で、実は殆どが戦後の長男長女時代の申し子であり、さらに団塊世代と団塊ジュニアの谷間の最も人口の少ない世代に位置している。だから住宅ニーズも顕在化しにくく、さらにバブル経済の末期の第6次マンションブームを支えた一時取得世帯層でもあり、値減りした不動産価値に売るにも売れない状況にある世代でもある。それに、地方の時代として都市集中よりも地域定住型に移行しつつある社会形態が作りつつある中での世代でもあり、その親が身近に居住しており、戦後の持ち家政策により取得した土地と建物をオイルショックの狂乱物価の超インフレで借金棒引き、資産倍増の利得を受けた親世代の持ち家が手に入る子供達でもあるので、それほど真剣に持ち家を希望せずとも将来に不安もなく、必要に応じて親との同居や親の資力を当てにしての生活改善も可能な世代でもあるのだ。

 こうした新たな持ち家ニーズを持てない世代に対して、住宅ローン金利のみを下げたとしても景気の動向に効果はなく、むしろ将来的な国家財政の付けが残るのみだとすると、むしろ金利を上げる方が有効なのではないだろうかとも思ってしまう。本当に住宅取得を考えている人は金利が上がることには敏感に動くと思うし、本来の住宅必要階層の掘り起こしに繋がるのではないかと思う。それにしても現在は民間銀行もかなり譲歩した金利を設定しているので、利用者はもし民間ローンが有利になれば銀行から借り入れて住宅を取得することになる。これまでのように銀行は企業融資専門で住宅公庫が庶民の持ち家取得を支えるという構図は消えはじめている。とすれば住宅公庫の役割は・・・。

 このように住宅取得のニーズも減少し、金利を下げても持ち家ニーズが高まらない環境は当分続くと予想される。ある豊橋技術大学の三宅教授の言によると、団塊ジュニアの住宅ニーズが発生するまでは住宅ニーズは停滞すると予測されているが、晩婚化、未婚化、世帯分離や離婚率の増加などが継続すると、小規模世帯にとって持ち家の魅力は半減し、むしろヤドカリのように自分のライフステージに即応できる気軽な借家が尊ばれる時代に成りつつあるのではないかと思うと、もはや持ち家取得意欲は薄れ、借家対策こそが新たな住宅政策の中心になってくるようにも思える。それが新たな住宅公庫の役割となるのか、それとも・・・。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年9月2日

「ミサイル」

 核やミサイルを持っていると一目置かれるようになるのだろうか、どうもきな臭い出来事が新聞紙上をにぎわしている。世界の警察を自負しているアメリカも大使館攻撃に対して軍事力でやり返すし、なんだか子供の喧嘩を見ているようだ。喧嘩の原因は色々あるにしても、口喧嘩がいつのまにか殺し相にまで発展することは歴史の中によくある話で、その繰り返しが現代の世界にもあてはまるとすれば余りにも稚拙で情けない。

 今回の北朝鮮によるミサイル実験が日本の上を通ったとして喧々囂々と問題視されているが、よくよく聞くとミサイル実験が準備されていたことは日本側には既に解っていたとのこと。どうして今まで国民に黙っていたのか。なぜ、北朝鮮に対して実験をしないように要請していることを隠していたのか、最終的な打ち上げの動きにたいするアメリカからの情報に対しては発表が間に合わないにしても、ミサイルが開発されて実験準備も進んでいることは、知り得た時に国民にオープンにしていれば、民間レベルでの情報交換や違った対応が可能で、ミサイルも発射されなかったかもしれない。ましてや日本本土が北朝鮮のミサイルの射程に入ったなどとセンセーショナルな書き方にならずにすんだのではないか。

 喧嘩の相手が何かを企んでいることが解っていて、たとえば今回のようにミサイル実験をしようとしていることが事前に解っている場合には、国は国民に対して情報公開をしなければならないと考える。情報公開は扇動的なものではなく客観的に事実のみを伝えることを前提として、基本的に公開すべきである。銀行の不良債権問題にしてもエイズ問題にしても国は情報を国民に開示する義務があったし、今後とも同様の義務を負う。国民の反応を心配する前に、有り体に提示し国民に投げかけれけばいい。大人げない国民もいるとは思うが、国民は馬鹿ではない。

 日本の警官は拳銃を持っているから警官を絡めた拳銃犯罪が発生する。イギリスの警官は拳銃を持たないので銃犯罪の渦中には登場しない。アメリカでは国民が銃を保持できるから犯罪者も相手に対して銃で対応する。だから死に至る事件が多発する。銃に対して銃で対抗することで不幸が生まれる。殺し合いという結末は互いに武器を持っていることから生じる。ミサイルも同じで、相手が持っていてもこちらは持たない。そのかわり相手の武器情報を世界に公表する。どの国にミサイルが売られたとか、何基持っているとか、なるべく正確な情報をつかみオープンにしていくと、それ自体が相手に驚異になるし日本国民にとっては驚異ではなくなる。

 ひねくれ小僧がナイフを胸に潜ませて強がりを言っていることにまともに関わってもしょうがない。本音は寂しがりやだったり、仲間になりたかったりと、世間に対して何らかのメッセージを送ってきている証でもある。人を信用しないし、自分の殻に閉じこもっているから精神的にも病んでいるので、そこの所を理解して話し合ってみることはできるはず。話し合いのテーブルに付かなくても情報交換はいろんなチャンネルでできるし、情報公開さえちゃんとしてれば自然に意志は伝わるものだ。お互いに秘密を作って隠しっこしているから猜疑心も高まるので、一方的にでもいいから隠すことを止めれば、少しづつ歩み寄れるのではと思う。隣国について少し親身になって考えてあげてはどうかと考えているが、その土俵に乗せるのはやはり徹底した情報公開ではないかと思うのだ。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年8月22日

「農耕民族と狩猟民族」

 西洋人との文化的な違いを表現する場合、ヨーロッパ人は狩猟民族で、日本人は農耕民族だと表現されることがある。ヨーロッパは酪農を中心とした農業が発達してきた歴史を持っているし、日本は水田耕作を中心とした農業文化を育ててきた歴史があることは確かだが、その起因を運命的に文化の差として、何の疑いもなく決定的な違いとして言うにはすでに困難な時代になっているように思える。何気なく聞き流すと、農業基盤が違うことは確かだから農業形態に根ざした文化や歴史が人間を拘束し、文化や伝統を決定づけているようにも思うのだが、すでに時代は21世紀になろうとしている。いつまでも過去の異物の文化遺産にぶら下がっている時代でもなく、むしろグローバルな視点で農業文化を語る時代でもある。少し、視点を変えた文化比較をしてみよう。

 ヨーロッパを旅行していると、車窓から見る農地の風景は、牛や羊の放牧場も牧草地や飼料のためだろうと思えるとうもろこし畑も多く見られるし、スペインはコスタデルソルのひまわり畑、オランダのチュウリップ畑、ドイツ、フランス、イタリアの丘陵地はブドウ畑で埋め尽くされている。しかし、手元の資料では広い国土を持つフランスの穀物生産量はアメリカ、カナダと同様に160%以上の自給率があるし、ドイツでは80〜100%やスペインでは50〜80%とそれなりに生産している。加えてブドウ酒の輸出を可能にしている農業基盤があるし、穀物が取れないポルトガルにしても世界のコルク使用量の80%を生産する農業がある。どうも日本人の意識として「農業イコール米」という先入観があるのか、どうもヨーロッパでは農業文化が発達していないように思ってしまう節があるようだ。

 ブドウの収穫期には各地から出稼ぎが集まるし、学生アルバイトも総出でブドウを摘み取る。今では工場で大量に加工するが、過去には日本の杜氏のような伝統もあったと聴く。こうしてみる限りヨーロッパが狩猟民族であるなどと、文化的な土壌が日本とは異なるとは言いがたいのではないか。ある意味ではヨーロッパを一括りにすることが間違いなのだろう。スイスやオーストリアの山間部では放牧が盛んだろうし、イギリスやデンマークなどの寒い地域では酪農が盛んになるのも必然である。地中海側の温暖な地域はオリーブやオレンジなどが生産され、内陸では酪農を含めた混合農業になるのは必然であり、それがヨーロッパ人の生活環境である。

 こうした中で、今の時代を評価するとき、農業によって形成される環境により文化性を議論することに意味があるのだろうか。農業や漁業など第一次産業に従事する人口割合は日本では5.8%、オランダ3.6%、イタリア7.5%、イギリス1.8%、スウェーデン3.1%、スペイン9.2%、ドイツ3.2%、ノルウェー5.4%、フランス4.4%、ベルギー2.2%と極めて少ない状況下で、今更、農業を基盤とした文化が育っているとは言いがたい。日本も含めて商業やサービス業の第三次産業に従事する人口が60%を越えている現実からすると、すでにヨーロッパも日本も狩猟民族でも農耕民族でもなく「工業民族」を超え「商業民族」となっているのではないだろうか。

 「商業民族」となったヨーロッパ人にも農業は定着している。ドイツのクラインガルテン制度に見られる周辺各国の家庭菜園の普及。フランスやイギリスの菜園や鶏などの家畜を飼える裏庭のあるセミ・デタッチト・ハウス。ロシア人の生活にもソ連時代に無料で配布されたダーチャ(菜園付きの別荘)がある(8月18日の朝日新聞)。ところで日本人には何があるのか、農耕民族と自称しているにしては農業から離れすぎているのではないか。最近になりガーデニングブームでにわかに広がってきた土への回帰も、本気なのかどうか疑わしい面もある。ブームの中心はハーブ栽培だし、キュウリやトマトの栽培ではないし、農作業にしても何事にもお膳立てが整わないとできない「過保護民族」になってしまったのではないかと思うほど高根町のクラインガルテン村のように至れり尽くせりの施設整備がないと大根も育てられないのか。

 身近での土いじりを楽しみ、農作業を通した生産の喜びを得るのに大げさな事は必要ない。市街化区域内農地を公共が借り上げて家庭菜園にするなどの事業も始まっているが、栗畑ばかりを作って農地を遊ばせるのではなく、農地を有効に活用する方法を、そして地主にも利用者にもメリットのある利用するシステムを計画することは意外と簡単なのだ。家庭菜園として利用する土地には税制上有利な取り扱いをして、その土地を安く借り受ける市民にとって生活の糧になる野菜などの生産性を間接的に手に入れることが経済的な循環に結びつくのだ。それこそ公共の土地を個人が有効に活用する、極めて原点的な身近な「PFI」なのかもしれないし、もっともっと積極的に公共が推進するべき施策でもある。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年8月15日

「終戦記念日」

 1945年8月15日の終戦からすでに53年が経過した。江戸時代の長い鎖国から解き放された日本国民は世界に飛び立ち、植民地政策の世界的流れに追いつけ追い越せの勢いで組みしていった。次第に勢力は拡大するものの、元から国際社会での協調精神の育っていない幼稚な日本は日清日露と進む内に節度のない占領を繰り返すようになり、国民の幸せを追求することが目的だったはずの占領政策が、関を切ったように国力の拡大へと傾いて行き、やがて世界の常識にとがめられる結果となった。・・・終戦である。

 ところが、戦後の日本経済はめまぐるしく発展した。戦争で失った国力を取り戻すために国家をあげて産業の振興に邁進した。1950年に始まった朝鮮戦争でのアメリカ軍の資材調達基地を担った日本では「朝鮮特需」という違った意味の戦争加担により経済を高揚させた。そして1956年の神武景気、1959年の岩戸景気、1968年のいざなぎ景気と1973年の第一次オイルショックまでは鰻登りの勢いだった。そして1979年の二度目のオイルショックを経て世界に冠たる経済大国、エコノミックアニマル集団としてバブル景気に踊った。まさに、世界に追いつけ追い越せの勢いである。

 こう見てくると戦後の日本は植民地政策を続けていた戦前と余り変わらないようにも思えてくる。確かに国民の経済力も向上したし海外旅行も盛んで、他国に比べれば贅沢であるようにも思うが、日常的な生活は必ずしも豊かではなく、住宅事情もさることながら休日の少なさや貧困なレジャーは先進諸国とは比較すらできない貧しいものである。相変わらず職場漬けの日本人は日常的な残業をいとわないし、1月以上もの夏休みを取ることに積極的でもない。おまけに、大都市の労働者は長時間を通勤に費やすのが当たり前になっているし、たまさかのレジャーを楽しむにも大渋滞や大混雑を覚悟していなければならないなど、余暇を楽しむ術をしらない。まさにお盆はそのまっただ中である。

 今、国会議員でつくる「夏時間委員会(正式名称不明)」が動いている。世界の主要国では殆ど実施されているサマータイム制度であり、省エネルギーとレジャー振興のためには費用のかからない最も効果的なシステムであると思えるのだがなかなか実現しない。1995年からの実施を目指していた資源エネルギー庁の企ても不発に終わっているようだし、夏場に海外に出かけた人の口からは、多くの機会に話題になる事でもある。戦後の日本でも1948年に導入され、実状にあわないと言うことで4年間で廃止された歴史があるらしい。おそらく、朝鮮特需に煽られて、残業残業の毎日で働き詰めの国内事情には適さなかったという理由であろう。

 国民の金融資産が1200兆円(円安や株安によって低下しているとは思うが)という世界的にも金持ちの国民になったのだから、そろそろ生活も猪突猛進型から悠々自適型、晴耕雨読型に切り替える必要があるのではないだろうか。遊んで暮らせよと言っているのではなく、合理的に時間配分と効率を考えて生産と余暇を使い分ける方法を探り、また、家庭菜園のように余暇が生産に結びつく要素も絡めながら、人間性豊かな生活を創出する努力をしなければと考えている。コンピューター、ロボット、多様な通信手段、豊かな物流、科学の発展、農作物の生産性の向上などが生活の豊かさを与えてくれている。一方では物質文明の豊かさに支えられた上で、もう一方での精神的豊かさを膨らませることが、これからの日本の目指すべき方向ではないだろうか。それによって初めて精神的に開放された本当の「終戦」が迎えられるのだろう。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年8月8日

「ホコ天」

 今日の日経「首都圏経済」に原宿の「ホコ天」廃止後の悲喜こもごもの記事があった。よくよく廃止の理由を読みとると、歩行者天国は造ってみたものの、駐車場整備がままならないままでの歩行者への道路開放は、自動車客を追い出すことにもなり、地元商店街にとっては逆に駐車場整備のある郊外店に客を奪われた格好で、しかも日本中から集まる購買力のない若者の為の「ホコ天」の方が有名になり、実質的な客足が遠のいたと判断しての閉鎖の様である。

 今年の6月一杯で原宿の「ホコ天」は実質的になくなったが、全国では至る所で歩行者天国は生きている。土日のみならず平日の開放もあるし、祭やイベントに伴う歩行者天国は今や常識で、歩行者天国が商店街にとって、街の活性化にとって常套手段になっているようにも思える。ちなみにインターネット上のgoo(http://www.goo.ne.jp/)では1500件以上が検索され、全国津々浦々で歩行者天国が生かされていることがわかる。

 日本での歩行者天国は1970年8月に銀座、新宿、池袋、浅草で始まった車道開放に始まるが、歩行者天国のモデルと言われている通りはオランダ、ロッテルダムにある。小生も興味本位でその地を訪れたことがあるが、特に何の変哲もない商店街で、地区の再開発にあわせて大規模に歩行者専用の通りとして整備したモールである。いわば、日本の地方都市に多くあるアーケードのある商店街に似ていて、屋根がないことと所々にポケットパークが配置されている程度で、ことさら取り立てて言うほどでもないように思えた。

 今、ヨーロッパのどの都市に行っても歩行者天国は当たり前に街に定着しており、観光都市でなくても古くからの中心商店街を歩行者優先に整備し直して、土曜日の午後は必ず歩行者天国として市民が集える空間を演出し、地域から人が集まってきている。しかし、ここで大切なのは駐車場である。歩行者天国を実施しているヨーロッパの都市では、旧市街地を取り囲むように公共の駐車場が整備されているのが普通で、再開発がその大きな役割を担っている。特にヨーロッパの街は城郭を中心とした小規模な旧市街地があり、幸い城壁を取り除いた後が広く公共に利用された経緯があり、駐車場整備も容易だったのかもしれない。いづれにしても駐車場整備が基本であり、原宿の「ホコ天」が生き残れなかったのもやはり駐車場整備ではなかったか。

 旧き街は魅力がある。駐車場さえ整備できれば人は集うものだと断言しよう。

(takao@akimoto.com)

 

1998年8月6日

「PFI第二段」

 フランスの都市開発手法を勉強したことがあって、その時に基本的な日本との違いを知り、愕然としたことがあった。それは、ニュータウン開発の進め方や再開発についてだが、開発エリアの土地取得を公的な機関が行うとともに、土地利用計画から建物の形態やまちづくりのシステム作りなどの詳細計画に至るまでをコンペッションなどを活用して計画したうえで、実際の開発や建設販売は民間に移譲分譲し、民間の資金とノウハウにより建設や販売が行われると言う。定価で請け負わせる役所工事、販売競争のない公団分譲が当たり前の日本的システムとは大きく違っているのである。

 民間の知恵は競争社会での原理原則に則った切磋琢磨から生まれたノウハウである。常に競争原理が働くことによって成し遂げられる結果であり、競争がなくなればそのノウハウも生かされない。公共事業の入札システムを変えたら、それまでの予定額と殆ど一致していた落札金額が1割2割の減額は当たり前、中には5割引の落札も出てきたというニュースは競争原理が働かないと民間といえども放漫になることを物語っている。官庁であれ民間であれ、基本的に競争原理が働かないと努力はしないのが人間の怠慢さであり、左うちわで親方日の丸の状況は、言い換えると停滞している状態であるが当事者にとっては幸福な状況でもあるのだ。

 心理学の大家で、ジグムンド・E・フロイドという学者がいる。「夢の精神分析」「無意識の概念」など心理学の世界を飛躍的に向上させた学者で、現在の心理学世界の頂点にいる人でもある。そのフロイドの説によると、人間の幸福感は、刺激のない守られたあたかも母親の胎内的な状況が最高であり、人間はそれを暗に求めて行動しているとしていると説いている。多少、小生の勝手な解釈も入っているかもしれないが、人間は本来怠け者であり、居心地のいい場所や環境があればそちらに動くのが普通で、あえて苦労は選ばない。・・・という考え方に基づくと、やはり人間が向上するには競争原理が前提になる。

 今日の日経で生保の融資先が自治体にシフトしているという記事があった。自治体という組織は、資本主義社会のなかでは市民組合に位置づけられる。役所はいわば市民組織の事務方の集まりでもあるから、膨大な金融資産を持つ市民が組織員であればリスクも少ないと見ているのか、企業よりも安心できる融資先として考えているようである。しかし、自治体自体は競争力もないし自浄作用など、本来的な怠け者の集団である以上求めてもダメなので、結局、官民の持ち味を生かしたPFIが着目される。つまり、自治体の金融信用力と公共的な視点を持てる立場を利用して企画計画の責任を取った上で、民間の競争原理を利用して良質で経済的合理的な開発を誘導しようとするのがPFIのねらいでもある。

(takao@akimoto.com)

 

 1998年8月4日

「PFI」

 昨日の日経で初めて眼にしたなんとも怪しげな名前の「PFI」は、Private Finance Initiativeの略称で、イギリスの財政再建に寄与した民間主導の公共施設整備の手法で、民間の資金調達や経営管理のノウハウを生かして社会資本整備を行う方法。日本でも財政再建のメニューとして登場したが、具体的な計画は持ち上がっているものの現状では環境が整っていない状況で、各自治体レベルでは足踏み状態が続いている。インターネットで探ってもまだ日本での情報は少なく、話題性に乏しく一般化していないことが分かる。

 とは言うものの官民の得意な役割を分担するという意味ではもってこいの制度で、官の公共施設整備事業を前提とした計画立案に対して、民間の事業運営のノウハウを活用した経営を行う官民補完のシステムである。特に資産運用型の事業には適していて、借り上げ方式の公共賃貸住宅供給や高齢者施設の整備など、小生の関わる業務の中に早速取り入れたいものである。

 住宅を中心テーマに業務として関わっているが、住宅関連の事業に常々官民の協調体制が欲しいものだと思っていた。民間まかせの住宅供給政策は建売業者やマンションディベロッパーなどに過度のリスクを背負わせてきた。土地を仕入れ建物を建てて売れなければ大損である。リスクがあることから売値も次第に高くなり、売れれば大儲けするシステムを作り上げてきた。そのことで余計なコストを購入者は支払わされ、バブル経済の崩壊で業者も嫌と言うほどリスクを受忍させられた。

 本来、住宅が人の人生を越えた社会資産であることは、一つの住まいが100年以上利用されるという当たり前のことに気づき始めた現代人に漸く解り掛けてきた真実で、戦後の住宅政策で20年〜30年程度で建て替えなければならないようなペラペラな住宅をお仕着せて来た結果、住宅が私個人のものであると勘違いをさせ続けた経緯がある。住宅が何代もの世代に利用されるとなれば、「我が敷地にわがまま住宅を建てる」などと、わがまま一方ですまいづくりを終始するわけには行かないことがすぐに解る。建物の形態や隣戸との関係に気を配り、街並みや景観に留意するのは当たり前。

 土地にしても建物にしても、個人まかせの政策が個人のわがままを正当化させ、あるいはわがままを振る舞わせることによって個人まかせの政策を正当化していた歴史がある。成熟社会を迎えようとする日本の中で、住宅が衣食とともに基本的生活道具として必要に応じて適切に供給されるためには、自助努力ではなく社会資産としての定着が不可欠で、そのためにもPFIの運用により適切な住宅供給が進むことを願うものである。

(takao@akimoto.com)

 

1998年8月3日

「トップニュース」

 今朝の日本経済新聞の一面トップは「少子化歯止め 総合対策」。一方、朝日新聞は「小渕内閣支持32%」とある。日経は連載記事の「やさしい経済学」で「出生率回復は可能か」を続けており、こうした編集の流れを厚生省の少子化対策の動きに連動して、特にトップニュースとしての題材がないので持ってきた感があるし、朝日新聞では8月1日2日の独自の電話による世論調査を持ってきたようで、日経は社会経済を中核にし、朝日は政治と世論をと各紙の報道に対する特徴が明確になっている。

 小生の興味は日経新聞で、朝日のトップ記事には興味が及ばなかった。日経のニュースは少なくとも前向きのニュースであるのに対して、朝日は結果論であり、多少週間誌的でもある。もちろん政治と世論との関係を調査し、国民に知らしめることは現状の政治の問題点を探り、次の選挙や今後の体制を考える上で重要であるから否定するわけではないが、小生にとっては、今ある問題に対して具体的に前向きに進む記事に魅力を感じる。

 建築を専攻していた学生の頃、建築家のコルビュジェと弟子達との議論中に、様々なアイデアに対して批判する弟子に対して、『作り手である建築家は批判をする以上、代案を出さなければ批判はしてはならない。代案によってのみ評価できるもので、言葉でのみ批判することはできない。』という主旨のことを言ったという記述を読み、まさにその通りだと感銘し、それ以降、小生の座右の銘の一つにしている。

 少子化のニュースは今朝の朝日新聞紙面には見あたらず、昨日の紙面にあったのを見逃したのか、明日以降に記事になるのかは分からないが、新聞紙面を構成するニュースが読者に興味を与え、日々の社会情勢と共に知識と知恵を与える便利な情報源であるので、購読者は大概の場合、新聞の特徴を見定め、自分にあった情報を身近に置いているのが常であろう。あるとき神戸大学名誉教授の早川和男先生は新聞7紙を取っているという話を聞いて、いささか驚いたことがあったが、情報を的確に受けとめるためには、新聞各紙の内容は違いがあり、特徴があることを前提にしなければならないことを言っているのだろう。しかし、7×4000=28000円は個人で出すのは大きすぎる・・・。

(takao@akimoto.com)

 

1998年8月1日

「新聞紙の終えん?」

昨日の日本経済新聞の夕刊にお茶の水女子大教授の袖井孝子さんが「新聞族の終えん?」というコラムを書かれていた。最近の学生は新聞を読まなくなったことを話題にして、ご自分の学生時代には、ほとんどの寮の同輩が新聞を取っていたこととの違いを、自らを旧人類と称しながら若者の不勉強を戒めているように思えた。

 ふと自らの学生時代を振り返ってみると、小生も袖井先生と世代はそれほど世代が違わないと思うのだが、学生の頃には新聞を取るなんて事はまずなかったし、当時住んでいた学生下宿でも誰も取ってなく、時たまあるのはキオスクで買ったスポーツ紙くらい。テレビ番組にしてもニュース番組よりはドラマやお笑い番組が楽しいし、新聞よりも小説を読む方が、あるいは街に出たりクラブ活動で過ごしたりの方が有意義だった。それに新聞はモーニングセットを食べながら喫茶店でも読めるし、下宿にいない日も多い生活では改めて新聞代を払うことの方が現実的ではなかった。そう考えると、袖井先生のグループはむしろ真面目な学生たちであり、小生のグループは平凡な学生たちだったのかもしれない。すなわち、お茶の水女子大の学生が平凡になったのか、それとも袖井先生の学生時代の寮生が特別だったのかは分からないが、元来、学生は新聞を取らない方が普通ではないか。

 今、朝日新聞と日本経済新聞が毎朝届く。平成8年の公営住宅法改正のニュースを朝日新聞が取り上げてなく、知らないで過ごして恥をかいたことを反省して、情報量の多い日経新聞も取るようになった。2紙の購読料が8308円で、1紙を取るとしても4000円はかかるのだから学生の仕送りから出すのは酷というもの。ましてや今はインターネットの時代。タイトルや概要なら朝日新聞も日経新聞も、もちろん毎日新聞も産経新聞も・・・もホームページで見られる時代になったし、大学によっては学生にインターネットを前提として対応する時代でもある。あらかじめ情報のジャンルが定められた新聞を購読する時代から必要な情報をチョイスする時代に変化しているのである。このまま進むと新聞が今のままの形をとどめる時代の「新聞紙(しんぶんがみ)の終えん?」も間近なのかもしれない。

(takao@akimoto.com)