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番外編- 「論壇」


居住者本位の住宅政策を重視せよ

 

掲載日:1995年10月05日 朝日新聞朝刊
 ページ:004  面名:オピニオン


 第七期住宅建設五カ年計画に向けて住宅宅地審議会答申が提示され、新たな住宅政策が打ち出されているが、現状では、住宅ローン金利低下のみが先行し、持ち家の一次取得層を標的に六十平方メートル前後の「買える住宅」が幅を利かせる中で、低水準の集合住宅が暗黙の了解の中で広がっている。私はむしろ、若者が持ち家の呪縛(じゅばく)から解放され、住宅を「所有する」というより「利用する」という考えが広がり、持ち家と借家が一体として活用されることが当たり前になること、そして、所帯のライフスタイルに合わせた住み替えが容易になる住宅環境を整備することが重要だ、と考える。そのための条件もしだいに整いつつある。

 住宅建設五カ年計画における都市居住型誘導居住水準は、二人世帯で五十五平方メートル、三人世帯七十五平方メートル、四人世帯九十一平方メートルである。しかし、いまのマンションの第一次取得世帯は、二十代後半から三十代の幼児を含む三、四人世帯が中心であり、返済能力に限界があるため、実質的にはここに示された都市居住型の水準での住宅購入は困難である。

 また、こうした一次取得者のほとんどは、一人っ子時代の申し子でもある。幸い、親がオイルショック以前に取得した資産と株高などでの貯蓄のあることが、その世帯を持ち家に走らせている一因ではないかとも考えられるが、長寿時代のいま、五、六十代の親たちが、そうそう子世帯の居住環境の向上を支援するわけにも行かないのが現実だ。

 一方、借家世帯は家を買わない分、自由な選択肢がある。特定優良賃貸住宅の供給により中堅勤労者にも公的助成が加わり、さらに、次の通常国会で見込まれている公営住宅法の改正があれば、所得に対応した家賃システムが実現し、公的な住宅で永住することも可能になる。高齢化したり、リストラで職を失っても、支払い能力に応じた家賃が適用され、就労不安や老後の心配も軽減される。家族型に対応した居住水準を確保することも可能だし、高齢化すれば高齢者に住み良い住宅や、生活支援のあるシルバーハウジングにも入居できる。

 ここで今回の公営住宅法改正について触れておくと、この改正の大きなポイントのひとつは、これまで建設費に対する対価を基本に設定されていた家賃が、世帯の収入などの人の状況に対応する方向へシフトされることである。いいかえれば、建設費への助成を基本にしてきた日本の住宅政策に「人への補助」が加えられることになる。北ヨーロッパの福祉先進国では「石への補助」と「人への補助」の二本立てが公的住宅施策の根幹に据えられているが、その考え方がようやく日本の住宅政策の中で花開く画期的なことなのである。

 振り返って、持ち家へと人々を駆り立てていた気持ちを考えてみると、それは老後の不安ではないだろうか。退職後も家賃を払い続けることが無理だとすると、持ち家に走るのも当然だろう。何とかして持ち家を取得し、老後の安定を、と若い一次取得層が考えるのは、あながち否定できない現実でもある。そして金利の低さが負債の意識を隠匿し、「欲しい住宅」ではなく「買える住宅」を購入させているのである。

 しかし、かつてのバブル期のような強烈なインフレはなく、デフレ懸念で所得の上昇も期待できない中で、借り入れは確実に返済することを余儀なくされている。さらに資産価値の下落が続き、取得したマンションも中古市場で資産価値が低減することは否めない状況だ。

 持ち家でなく、賃貸住宅で生涯を送れる環境が徐々に整ってきている。死後に残る財産としての住宅ではなく、生きている間、利用できる住宅である。持ち家にしても、定期借地権住宅が現れ、定期借家権住宅なども検討され始めている。生活に密着し、ライフスタイルにあった環境と居住が保証される社会が一歩一歩近づいている。そのためには、各々が住むことの意味を考え直し、「住まいを買う」から「住まいを使う」へ、意識改革を始める時期でもある。未来の子たちの居住環境確保と高齢社会での居住の安定、そして豊かな生活の実現のために……。

(一級建築士=投稿)


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