バックナンバー〜オンラインコラム

その3


規制緩和とまちづくり誘導

〜 「敷地が100平米ぎりぎりの建て売りが増えている。」

 市役所で確認申請を担当している知人の言葉である。金融公庫融資基準ぎりぎりの100平米を少し越えた敷地で建ぺい率40%、容積率80%の法廷限度一杯で建築する。法律の言葉通りだと建築面積(建坪)40平米、延べ面積(専有面積)80平米の住宅しか建たないのだが、実際はこれまでの規制緩和で地下室が40平米加算でき、駐車場や自転車置き場などの面積が全体の1/5が法床面積に不算入になるし、木造でも三階建てが許されるようになったので、うまく利用すれば80+40+(80+40)/4=150平米の木造住宅が合法的に建つことになる。おまけに天井高さは1.4mだけどロフトが利用でき直下階の1/8の面積まで可能だから、最大で5平米ということになる。法律では80%の土地が150%に化け、おまけにロフト付きとは、法律って何でしょうといいたくもなる。

 規制緩和ばやりの昨今で、国は高密度居住を誘導するために容積率や日照時間の緩和を推進しようとしている。パリやニューヨークのように都心居住を推進しようと、高密度居住をイメージしてのことではあろうが、日本の土壌で容積緩和だけで先進都市のようなまちづくりが誘導できるのだろうか、いささか疑問である。土地に対する私権があまりにも強い日本の法制下で、単純に容積率や日影規制を緩和すると、ただののっぽビルをさらに造ってしまうだけで、美しい街並みや都心居住を再生するためには何の解決にもならないのが落ちであろう。

 ニューヨークやパリに人が住むのは都市に魅力があるからで、日本での狭い敷地にただ採算だけを考えてのマンションや事務所ビルの連続は街並みとしての計画性もなく、バラバラで醜い姿をさらけさせるだけである。ニューヨーク(行ったことがない)やパり(何度も行っている)は魅力的である。パリにはセーヌのシテ島を中心とした城郭都市が次第に拡大していった都市生活の文化があり、土曜日には広場に市が建ち、果物屋や総菜屋が肩を並べる。もちろんスーパーも身近にあり、アパートから一歩出ればカフェレストランやバーがある。気軽に街を楽しむ装置が揃っており、住まいと一体の街が形成されている。主要な通りに面する建物は外に解放され、建物の一階は往来する人のためにもなっている。

 日本でもビルの一階は全て店舗にする法律を作り、儲けに関係なく開店を義務づけるなどの粋な計らいがあるといい。商売をしたくない人は無人店舗でも、ギャラリーでも市民向けの休憩所でも良いから、街並みに貢献することを決まりにすると、自然に賑やかさは醸し出されて、街は生き生きとしてくる。道路から一歩入れば我侭一杯に振る舞える法律を温存したままでの規制緩和はむしろ都市に対する暴力になりかねない。規制緩和のみではなく市街化に対する適切な誘導を組み入れた「飴とムチ」でなければならないと思う。

 それに日本の商店街は元々、城下町や門前町、宿場町のほか流通の拠点としての市場町が発達した。特に生活を支えていた市場町は問屋に絹糸を納めに来た農民が買い出しをすることから発達したもので、最も庶民の生活に結びついたものといえる。しかしこれは城郭の中で生活するヨーロッパの都市居住者の日常の商店とはそもそも異なった文化であり、似通った街並みがあるとすれば、江戸や浪速に栄えた町人文化の街並みである。それはやがて通勤者達の愚痴のはけ口として飲屋街を発達させ、自動車文化の発達と共に郊外に移住し始め、いつのまにか都心は昼間のビシネスマンと夜の酔客の街になり、子供達が安心していられる場所ではなくなってしまった。

 幕張やお台場のように全てが計画された高密度の居住空間には素直に適応するのも日本人の特性だ。文明開化で西洋文化を素直に取り入たように、実に疑いなく西洋文化を取り入れる。日本では世界の料理が食卓に並ぶし、ファッションは世界に発信するまでになったし、輸入住宅が流行しているし、人気のマンションのデザインもニュータウンの街並みもヨーロッパの風景が移されている。ましてや遊園地はアメリカやスペインやオランダなどがあふれており、パリの人たちがユーロディズニーに見向きもしないのとは大違いである。こんな日本人にニューヨークやパリと同じような生活を勧めても所詮無理な話で、ましてや規制緩和では思惑はいらぬ方向へ飛び火するのみである。節操のない日本人には、たがをはずすよりもコミュニティを育む仕掛けを義務づけて誘導したほうが良い。お台場人気に釣られて、都心回帰現象を占うのは間違いで、ディズニーランドに惹かれる心理と同じかもしれない。

(秋元孝夫)


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